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zoom RSS 旧県庁前バス停

<<   作成日時 : 2016/02/02 12:30   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 33

筆者はいつ頃まで使用されていたかは?ですが、千葉県庁と千葉県警察本部の間に、以前小湊バスの本線で使用されていたバス停が今なお残っています。


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このバス停は県庁前交差点から県警本部前交差点間の県警本部前交差点手前にあります。


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また、県庁側(千葉駅・千葉中央駅方面)はあるものの、県警本部側のバス停はありません。

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コメント(33件)

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本線はここを走っていたのですかね。
鉄道の様に停車場の跡が残る事もあるのですね。
勝浦ライナー
2016/02/02 13:05
大和橋、広小路、千葉銀行中央支店?を経由して中央公園の交差点出て千葉駅向かってましたね。確か、喜多行は千葉から県庁前まで真っ直ぐの現行ルートでしたよね。懐かしいです。
しかし新型入りませんね。MTじゃないと壊れた時、けん引ロープで引っ張れないからかなぁ(笑)


元塩
2016/02/02 15:52
昔使われていたバス停が残ったりするんですね。ルートは何故変更されたのですか?
キハファン
2016/02/02 17:03
県庁前バス停、以前は別にもあったんですね。木更津ではこういったバス停は見かけません。
久留里が好きなんです
2016/02/02 18:33
ほとんどの面は透明なものになっていますが、一部に行き先が残っていますね。なぜ、残っているのですか?
ARAKI
2016/02/02 22:19
勝浦ライナーさん

バスですと、バス停や地図などしかなく、鉄道と比べ形跡は少ないですね…
千葉バス情報館
2016/02/03 01:34
元塩さん

コメント有難うございます。

いつ頃からルートが変更したのか、また理由はご存知でしょうか?

昔のルートですと、時間がかかってしまいますね。やはり、現ルートの方がいいのかな?

今回から新型かと思いしたが、まだ旧型でしたね。次回に期待です。ATですと、燃費が悪い等のデメリットも多数ありますからね…
千葉バス情報館
2016/02/03 01:39
キハファンさん

ハッキリとした理由は分かりませんが、短距離であることや他社との兼ね合いでは?と予想しています。
千葉バス情報館
2016/02/03 01:41
久留里が好きなんですさん

確かに、他ではあまり見かけないですね。
千葉バス情報館
2016/02/03 01:43
ARAKIさん

何故、そのままなのかは不思議です。撤去してもいいような気がしますが…

ここの歩道整備が行われたら無くなるかも知れませんね。
千葉バス情報館
2016/02/03 01:46
あ、これ・・・。
ずっと前から気になっていたのですが前の県庁前バス停だったのですね。
前、末広3丁目バス停付近に住んでいたのですが、千葉市科学館から帰る時に県庁の下を通っていたので気になってました。
どうでも良いのですが、この交差点には歩道橋がありました。
その時には県警側のバス停がなかったので新しい県警を建てた時に撤去されたのだと思います。
千葉電鉄線
2016/02/03 13:33
千葉電鉄線さん

私はこのバス停の存在に数ヵ月前、始めて知りました…

知り合いより、元「本線の県庁前バス停」だと聞いたときは、「まさか!」と思いました…

確かに、以前は歩道橋ありましたね。また、県警を新たに建設した際に撤去されたのですね。
千葉バス情報館
2016/02/04 01:00
旧県庁前バス停の県警側は県庁に入る交差点より、大和橋側にありました。歩道舗装やり直した時に、撤去されたと思います。現県警本部の前は以前から左折レーンがあります。
元塩
2016/02/05 11:38
元塩さん

交差点より橋側だったんですか!教えて下さり、有難うございます。

ちなみに、ルート変更の理由はご存知でしょうか?
千葉バス情報館
2016/02/06 00:27
確かに橋寄りかもしれません。
中央4丁目バス停見たいに屋根があるところがありまして・・・。

でも、バス停があったか覚えて無いです・・・。
千葉電鉄線
2016/02/09 06:03
この記事の写真三枚目にかすかに写っています。

右上に「安田」の看板があると思いますが、その下にありますよ。
千葉電鉄線
2016/02/09 06:32
千葉電鉄線さん

「安田」という看板の下辺りですか。わざわざ、有難うございます。
千葉バス情報館
2016/02/10 01:01
昨日の確認ですが両方ともありました。

大和橋方がブログ通りの場所、駅方が「安田」看板の下に

ご参考までに・・・
千葉電鉄線
2016/02/20 20:56
千葉電鉄線さん

調査お疲れ様でした。「安田」の下にありましたか。ご報告助かります。有難うございます。
千葉バス情報館
2016/02/21 01:28
このバス停は、県庁前ではなく県庁・企業庁という停留所名で、かつては小湊バスの他、京成電鉄時代の京成バス千葉営業所新宿車庫の本線格の路線だった、千葉寺線(千葉寺〜広小路〜JR千葉駅〜弁天町〜穴川十字路〜JR稲毛駅東口〜京成稲毛駅)も使用していました。
当時の京成バスの車内放送は、「次は、県庁・企業庁、安田鰻割烹店前」というもので、下りバス停は鰻割烹安田の前にありました。
鰻割烹安田は、千葉では老舗の鰻屋でしたが、現在は閉店していました。
BR‖
2016/07/08 09:27
補足です。
この県庁・企業庁バス停、京成バスは千葉寺線の他に、やはり京成電鉄時代に長沼営業所が担当していた穴川線(大学病院〜県庁前〜千葉中央駅〜松波町〜西千葉駅〜敬愛学園〜穴川十字路〜草野車庫)も使用していました。
千葉寺線も穴川線も既に廃止されてしまい、県庁前を走る一般路線の京成バスは皆無です。
県庁・企業庁バス停は通らなかったものの、隣の県庁前には千葉営業所新宿車庫担当路線の市内線(市役所〜問屋町〜本千葉駅〜千葉中央駅〜中央二丁目〜JR千葉駅〜弁天町〜東高校〜西千葉駅)という路線もありましたが、千葉寺線とほぼ同時期に廃止されてしまいました。
BR2
2016/07/08 09:39
BRUさん

始めまして。ようこそ千葉バス情報館へ!

今とは違い、「県庁・企業庁」という停留所名だったんですか!しかも、京成バスも停車していたとは!確かに、ルートを確認してみると、この箇所を走っていましたからね…(((^_^;)

しかも、車内放送まで覚えられているとはありがたいです。

ちなみに、新宿車庫の市内線が使用していた「県庁前」バス停はどの位置にあったのでしょうか?


この様なコメント、本当に助かります。今後とも宜しくお願いしますm(__)m
千葉バス情報館
2016/07/09 01:34
市内線の県庁前バス停は、現在の小湊と千葉中央が使用している場所と全く同じ位置で、バス停には、京成 小湊 中央と表記された電光式のバス停でした。
市内線は、県庁前を右折し本千葉駅前を通り、港町交差点を右折し神明町交差点を左折した後、国道16号線を右折し、直進、コミュニティーセンター前を左折、終点の千葉市役所というルートでした。
市内線の停留所は、次の通りです。
西千葉駅〜松波県住〜東高校〜弁天四丁目〜弁天町〜公園球場〜国立病院入口〜市民会館〜JR千葉駅そごう〜中央二丁目〜千葉中央駅〜県庁前〜本千葉駅〜港町〜神明町〜問屋町〜新宿車庫〜コミュニティーセンター〜市役所
尚、県庁前バス停は長沼営業所担当の穴川線も経由しており、前回、コメントし忘れた千葉営業所新宿車庫担当の登戸線も、県庁・企業庁と県庁前を経由していました。
ちなみに登戸線は、西千葉駅〜汐見ケ丘〜登戸三丁目〜新宿小学校〜井上病院〜京成千葉駅(千葉中央駅)〜県庁前〜県庁・企業庁〜郷土館〜市立病院〜矢作台市営住宅のルートと西千葉駅〜千葉大正門〜みどり台駅〜緑中裏門〜登戸海岸〜新宿小学校〜井上病院〜京成千葉駅(千葉中央駅)〜県庁前〜県庁・企業庁〜郷土館〜市立病院〜矢作台市営住宅に至る路線で、本数的には汐見ケ丘経由がほぼ1時間置き、みどり台駅経由は1日6本程度の運行だった記憶があります、どちらも千葉大学付属病院は経由しませんでしたね。
利用者の少ない路線だったので、古参的ないすゞBAやBU10が使用されていることが多く、西日本車体のOEMだった京成ボディのカマボコがよく走っていました。
あと、特筆する点では川重ボディに三菱ふそうMR架装のタイプ等も使用されていた時期もありましたね。
千葉営業所は、いすゞ指定のイメージが強いですが、昭和50年代半ば頃までは三菱ふそうも一部配置されていました。
BR2
2016/07/12 00:01
BR2さん

今回も貴重なコメントを。そして、詳しく教えて下さり有難うございます。助かります。

市内線の県庁前は今の位置なのですね。

市内線を含め、経路を詳しく教えて頂け、興味深くコメントを拝見できました。車両も含め興味深い路線です。

以前は、「登戸海岸(今の西登戸駅付近?)」にもバスが走っていたのですね。

千葉営業所にふそう車が配属されていたのは聞いていましたが、かなりレアな車両がいたのですね。

コメント、有難うございました。
千葉バス情報館
2016/07/12 00:46
登戸海岸バス停は、国道14号線の登戸交差点よりもやや稲毛寄り、今の東京ガス千葉支店付近にあったと記憶しています。
登戸交差点近くに、登戸交番というバス停があったので、記憶に間違いがなければ東京ガス付近だったように思います。
ちなみに、長沼営業所が担当していた穴川線、千葉市内中心部の路線形態が少し変わっていまして、大学病院方向と草野車庫方向では、ルートが違いました。
具体的に述べますと、農業会館〜千葉中央駅の間になります。
大学病院方向 農業会館→登戸小学校→新千葉駅入口→新町→富士見町→中央二丁目→千葉中央駅→至大学病院
草野車庫方向 千葉中央駅→井上病院→新宿小学校→新宿町→新田町→登戸一丁目→登戸三丁目→農業会館→至草野車庫

農業会館から新千葉駅前の踏切を横断し、国道14号線を左折、千葉トヨタ本社前を通り、現在のオーロラモール辺りに新町バス停がありました。
更に、京成と外房線のガードをくぐり二又を左折、三越パーキング近くに富士見町バス停がありました。
ここで面白いのが、三越と東京電力千葉支店前の富士見町交差点を左折してJR千葉駅に寄らず、右折して中央二丁目へ向かうところです。
恐らく、大学病院方向のみということと、千葉営業所が亥鼻線(現在の大学線)がJR千葉駅と大学病院間を頻繁に結んでいたのがその理由ではないかと、勝手に推測しております。
BR2
2016/07/12 04:37
BR2さん

毎回ご丁寧に教えてくださり有難うございます。

現在、あすか交通の走っている登戸交番付近(現在は、路線バスとして走っているが停留所なし)にもバス停があったのですね。ここまで詳しいと尊敬してしまいます〜(^o^)v

穴川線は面白いルートだったんですね。その時代に物心がついていれば…((T_T))

ルートも分かりやすくて助かります。現在、千葉トヨタ本社前等ではこの路線が走っていた痕跡がなく、信じられません…。当時はバスが走っていたんだとビックリしています( ; ゜Д゜)

千葉駅非経由は、BR2さんの推測で納得します。これが理由かも知れませんね。
千葉バス情報館
2016/07/13 00:24
穴川線のルートでもうひとつ。
前回のコメントで、富士見町バス停は三越パーキング付近と記述しましたが、更に以前は、現在のナンパ通りが穴川線のルートで、ナンパ通りに富士見町バス停があったんです。
つまり、新町を過ぎガードをくぐりナンパ通りを直進、小さな橋を渡り、中央公園前を右折し、中央二丁目へ向かっていました。
当時の国鉄千葉駅へ乗り入れしなかった本当の理由は、この初代ルートに関係していたようにも考えられます。
では何故、三越パーキング前にルート変更されたかですが、ナンパ通りは狭隘路の一方通行で商業地帯のうえに人通りも当時は今以上に多く危険なことに加え、路上駐車が多く、バスの通行に支障をきたし大幅な遅延があとを絶たなかった事が原因で、道幅の広い、三越パーキング前経由に変更されたようです。
確か、昭和50年代半ば頃だった記憶があります。
BR2
2016/07/13 09:01
連投ですみません。
県庁・企業庁バス停絡みの小湊バスネタを。
かれこれ30年くらい迄、小湊バスの一部に快速末広町いうサボを前面に掲げた路線がありました。
快速末広町ということは、千葉中央の快速大網駅行きのように主要停留所のみの停車のバスかと思いきや然もありなん、何の変哲もない、各駅停車で快速の意味が全く分からず、数十年間の疑問でした。
この、快速末広町・・・、かつての小湊バスは、大和橋・県庁廻りが基本路線で中央二丁目から中央四丁目を介して県庁へ向かう路線がなく、小湊バスは東洋交通(現在の千葉中央)よりも遠回りルートで県庁へ至っていたのを、利便性を図る為に末広街道方面の路線を中央四丁目経由に変更した際に、早く県庁方面へ行くという意味で快速末広町というサボになったというのが、事の真相のようで、数十年間の謎が解けたときは、なるほどと思ったものです。
では何故、小湊バスは長らく県庁〜大和橋〜広小路〜JR(国鉄)千葉駅〜中央二丁目〜千葉中央駅(京成千葉駅)ルートだったかという理由として、小湊バスは相次ぐ路線縮小や廃止で長距離路線が激減したことで、県庁から市内中心部を外周するような形で千葉駅へ乗り入れる意味がなくなってしまったのではないかと思います。
遠方から直接バスで千葉へ向かうとなれば、千葉駅から離れた場所を先に経由しながら千葉市繁華街をきめ細かく廻ることで、遠方からの利用者は千葉駅へ寄らずに直接目的地に到着出来るルートを取っていたと考えるのが妥当かと思います。
記憶に間違いが無ければ、千葉中央駅〜姉崎別荘下が八幡宿駅で分断されて以降に、大和橋・広小路経由から中央四丁目・中央二丁目経由に変更になった筈です。

BR2
2016/07/13 12:24
BR2さん

あの、ナンパ通り(笑)に路線バスが走っていたのですか!想像もつきません…。当時の運転手は大変だったんでしょうね(((・・;)

ナンパ通りの名残から千葉駅非経由の説も有力ですね〜

小湊バスの「快速末広町」、噂では聞いていましたが、初めて快速の由来を知れました!

以前、ベテラン運転手さんより本線が八幡宿駅で分断された際(又はそのすぐ後)、中央四丁目経由になったと聞いたことがあります。

更にその以前は、千葉から木更津まで直接結んでいたらしいですね。当時は渋滞などにより遅延が激しかったようですね…

毎回、興味深いコメント、助かります。(*^ー^)ノ♪
千葉バス情報館
2016/07/14 01:00
ナンパ通りに路線バスが通っていた時代は、パワステ仕様など新車以外殆どなく、棒ハンドル(重ステ)だったので当時の乗務員の労力が偲ばれますね。
実際、職場の大御所に訊くと、ドライバー手袋など直ぐにボロボロになるくらい取り回しが大変だったそうで、満員時の右左折時は中腰でハンドルを回さないと切れなかったそうで、それが原因でヘルニアを患った乗務員もいたそうです。
私らは、パワステ世代ですから大御所乗務員には、「お前らは若いウチからパワステ、エアコン付きのバスに乗りやがって羨ましいよ!」と言われたもんです。
まぁ、そんな小言幸兵衛的なベテラン乗務員も定年で殆どいなくなりましたけどね。

BR2
2016/07/14 04:31
BR2さん

棒ハンドル車には乗った事がないので、あまりイメージは無いですが、腕がパンパンになりそうですね…(((・・;)

右左折に中腰とは想像がつきません…

当時の車両は、現在と比べクラッチ操作も大変だったようですしね…

私からすると、現役の大型バスを軽々と運転する乗務員さん達も憧れますが、こうやって色々と話を聞くと当時の運転手さん達にも魅力を感じます!
千葉バス情報館
2016/07/15 01:37
管理人さんのコメントにあるように、クラッチ、アクセル、ブレーキペタルは、上から踏み込むタイプだったようですね。
西日本車体の42MCタイプは、運転席の座席がスライドせずバケットシート的な固定型で非常に運転操作がし難いという話を以前訊いたことがあります。
ナンパ通りに京成バスが走っていた時代、長沼営業所には帝国ボディ架装の日野REをメインに富士重工R12架装の日野RE、川重車体架装の日野REというレアな車両に加え、京成車体仕様のカマボコいすゞBAとBU、富士重工R12架装のいすゞBAとBU、更に川重車体架装のいすゞBAとBUも稀に走っていました。
長沼営業所は、元々は日野指定の営業所ですが、元来は千葉営業所から分離独立した営業所なので、営業所開設時に千葉営業所から転属した車両がまだ在籍していたことに加え、狭隘路線向けの所謂、大型ナローバスは当時、いすゞの独占場だったので、大型ナローのいすゞBAが長沼にも在籍していたようです。
現在と違い、狭隘路線はツーマンという時代だったせいか、BAはワンツーマン混合使用タイプで、中扉後ろに仕切棒があり大きなドア開閉レバーとグレーの運転士連絡ブザーが窓際にある、車掌台というのがありましたね。
ワンマン使用時に子供だった私らが車掌台に入っても運転士に叱られた記憶はないですね。
車掌台の付いた車両、BUやREの一部にもありましたね。
古い話題ばかりで恐縮です(苦笑)
BR2
2016/07/15 04:29
BR2さん

当時の運転手さんは、本当に運転が大変だったようですね。頭が下がります。

長沼営業所、魅力的な車両がかなりいたようですね。当時のバスをもっと知っていれば…((T_T))

ツーマン運行も未知の世界です(笑)

昔話も大歓迎です。(いや、こっちの方が有り難いです〜)(笑)
千葉バス情報館
2016/07/17 01:37

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